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夏休みが始まった。
私が夏休みを家で過ごすようになったのはほんの五年ぐらい前のことで、それまでの16年間、私は夏休みを祖母の家で過ごしていた。
夏休みどころか、長期の休み全てだ。
だから学校の友達と夏休みに遊んだ事がない。
祖母の家には一つ年下のいとこがいて、大体いとこと遊んでいた。
秘密基地を作ったり、作った秘密基地を知らない少年に奪われたり、奪った少年を木槌で脅迫したり、奪った少年の傷の手当てをしたり、知らない少年と基地ニ番館を築いたり、基地を消防隊員に破壊されたりしていた。
それはそれは遊んでいた。
誰にでも、テクノ原体験、というものがある。
世代によってはYMOだろうし、世代によってはニューオーダーだったりするだろう。
私のテクノ原体験は、荻野目洋子のダンシングヒーローだ。
どうやら日本の数か所にしかない文化なのだそうだが、祖母の地区の盆踊りではダンシングヒーローを踊る。
私の、というか久保山の盆踊りにはジジイとババアと子供しかいない。
無数のババアが、ジジイが、回覧板を受け取りに行ったババアが、公民館のジジイが、一心不乱にダンシングヒーローを踊る。
レイブパーティーだ。
私の祖父は町内会の会長で、盆踊りの主催も祖父だった。
私達孫はささやかな特権階級で、出店のものをタダで頂けたり、やぐらの上で太鼓を叩かせて貰ったりしていた。
ババアが、ジジイが、俺の足元で踊っているのを見た。
セカンドサマーオブラブだった。
私の太鼓で、80年代ディスコミュージックで、森川のジジイが、楠井のババアが踊っていた。
家に帰っても、冬が来ても、今でも、あの興奮が冷めない。
これが私のテクノ原体験である。
皆様のテクノ原体験はどんなものなのだろうか。